あんまりこのへんには詳しくないがライブドアとフジテレビジョンのニッポン放送をめぐるお話。
ライブドアは昔ほんの一瞬だけお世話になったことがある。
まだダイアルアップだった時代、無料プロバイダとして利用したことがある。
広告が表示されるのでタダだったと思うのだが、当時「こんなのでやっていけるのかなぁ?」と、思っていた。
ところが、しばらく名前を聞かないと思っていたらプロ野球の話で突然紙面を賑わす存在に。結局は楽天に油揚げをさらわれたものの名をあげた。
その後も高知競馬と組もうとしたり、様々なことをしている。
しかしライブドアの年間売上高は450億円(2004年9月末)。金融部門、つまりネット証券の売り上げが大きい。
まぁ、立派ですが、フジテレビジョンの売り上げはおよそ4500億円。
じつに十倍。
なんかおかしくないですか?
まぁこの辺には会社の株を誰が持っているか、ということが絡んでくるのですが、ここで登場するのがニッポン放送、フジテレビジョンの株式の22.51%を持つ。
ここでニッポン放送を買収するとフジテレビに口出しできることに、ライブドアは目をつけたと推測されている。
しかしなんでライブドアが大きな会社になったかというと、その金融部門もあるだろうが、無視できないのが自社株の分割らしいです。例えば一つの株を二つに分けると単純に考えると価値は半分になるが、実社会では半分にならずに、分割後の株が半分よりも価値を持つようになるらしい。そうすると全体で分割以前よりもより大きな会社になる。ということは実体は伴わなくても株を分割していくだけで会社が大きくなる。ライブドアはこの方法を何回も繰り返したらしい。
お金がお金を生むってやつですかね?
アクの強い堀江社長、今までやってきた、新しい、日本的ではない手法そのまま矛先をニッポン放送に向けたところ、世間は大あわてをしたと。しかし堀江社長が言っていることは正しいと思う。
株式を上場するっていうのはいつ買収されてもおかしくないということである。
しかし世の中には暗黙の了解ってものがある。まぁもうすぐ商法?が変わって外国の会社の日本企業買収の規制が緩和されるので、それにむけたいい教訓か。
しかしフジテレビもひどいなぁ。TOBも失敗くさいし、ニッポン放送を買収されたくないからってニッポン放送に新株予約権を発行させるって・・・。
どちらかといえば出来ることを全てしているライブドアの方が正々堂々としている印象がある。フジテレビの方は黒船が来て、あの時代にはなかった卑怯な手を使って逃れようとするような印象が。まぁライブドアと比べて動かせるお金がないのだろうが。
まぁどうなるにせよなかなか興味深いものではある
ハエの重さということか

maxxis
円筒形の箱を開けると布製のリムテープとチューブが入っている。そして筒のふたはハエが描かれている。
重さは・・・量るのを忘れたが、公称104g。前に使っていたチューブと比べると明らかに薄く、折り畳んだ状態で小さい。
久しぶりにタイヤ交換をしたが疲れた。リムテープを代えるときはバルブの穴の部分にドライバーやペンを挿すとずれなくてやりやすい。
インプレなどはまた後日。
今頃か、という感じだがWindows2000でUSB2.0を使う方法について。
- WindowsUpdateを開き、左側のメニューのWindowsUpdateカタログを開く
- ”ハードウェアデバイスドライバの更新を探します”を選択する
- 一番下の”その他のハードウェア”を選択
- 製造元名で"Microsoft Corporation"、オペレーティングシステムは"Windows2000"のどれかを選び、右下の検索をクリック
- ”NEC usb software update released on June 01 2001”というものがUSB2.0のドライバです。
ダウンロードしたらデバイスマネジャからドライバの更新でいけます
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一番好きな作家は誰か。
私の場合は谷崎潤一郎だろうか。
有名な随筆に陰影礼讃がある。
陰影礼讃は文庫で出版が二つある
陰影礼讃中公文庫
谷崎潤一郎随筆集岩波文庫 緑 55-7
どちらも同じ陰影礼賛であるが、収録されているものが違う。
中公文庫は
陰影礼讃
懶惰の説
恋愛及び色情
客ぎらい
旅のいろいろ
厠のいろいろ
となっているが、岩波の方は
「門」を評す
懶惰の説
恋愛及び色情
「つゆのあとさき」を読む
私の見た大阪及び大阪人
陰影礼讃
いわゆる痴呆の芸術について
ふるさと
文壇昔ばなし
幼少時代の食べ物の思い出
「越前竹人形」を読む
となっていて内容は異なる。そしてこれだけの内容量の違いは、字の大きさであり、岩波は小さく、中公は大きくなっている。
以前友人が家に来て夕食を共にしたとき、丁度蝋燭が余っていた。そこで電気を消して蝋燭で食事をしたことがあるのだが、そのときこそまさしく谷崎潤一郎が語る食事の情景であった。
ちらちらと揺らぐほのお、それに伴って火影もゆらぎ、椀の中はよく見えない。全てが白日の下にさらされる電灯の明かりと異なり、全てがあやふやな状態だ。
詳しいことは陰影礼賛に書いてあるので読んで貰うとして、言いたいことは「うまい」ということだ。
普段電灯の下で食事をするので一層違いが感じられる。
このときは陰影礼讃を意識していなかったのだが、普段と違う雰囲気の中食事することは、いつもよりも食事に集中し、より深く味わう。
電灯の下では視覚に頼って料理を推測するのだが、視覚があやふやなために、普段はあまり使わない嗅覚、触覚がより研ぎ澄まされた状態で料理に臨むことになるのだろう。
これは蝋燭さえあれば手軽に出来るので、是非一度試して欲しい。
また、何故仏様や僧侶はあんなに派手なものを身にまとっているのだろうか、恥ずかしくないのだろうか、などと以前から疑問であったが、それも陰影礼賛を読んで納得できる。
時代が変わり、世の中は変わる。しかしその地域に根付いて育ったものは、その地域にあったものが多い。
現代は谷崎潤一郎が書いていた時代からも随分とかけ離れてしまったが、それでもいまだにこの本に書いてあることが成り立つ部分は多い。
生活の習慣、そして日本が育ててきた美しさを知るには最適の本だろう。
谷崎潤一郎随筆集 篠田一士編 岩波文庫 緑 55-7 95/100点世界が広がる
陰翳礼讃 谷崎潤一郎 中公文庫 90/100点
こいつはなかなか面白い。
歴史が好き、もしくは日本の風景、建物に興味を持っている人には特に楽しめる。
幕末 写真の時代
この本は幕末に外国人によって持ち込まれた写真の技術の紹介、撮影者たちをメインに追ったものだが、やはりなんといっても面白いのはその被写体たちや当時の日本の風景、風俗が見られるところだろう。
もう本当のことを言ってしまえば本が面白いのではなくて写真が面白い。
普通に暮らしているとなかなか昔の写真を見る機会は無い。
自分の写真でさえなにか機会がなければそうなのだから、昔の日本の写真なんて更に見る機会が無い。
自分の写真ならば自分で持っているだろうけど、昔の日本の写真は一体どこにあるのだろう?
図書館などに行けばあるかもしれない。
と、話はそれてしまったが、これはお手軽に昔の日本の風景、そしてなんといっても”ちょんまげ”姿が見れる。
時折髪を伸ばして一度”チョンマゲ”を結ってみようかという衝動に駆られる私は時代劇の”ニセモノ”ではなく、地毛のリアル・チョンマゲをおすすめする。
そして時代劇のように新品の着物を汚したものなどではなく(例外もあるだろうが)、自らのアカが付いた(汚い表現、失礼)、生の着物。
それらがごくごく当たり前の世界。
この幕末という時代からすると外国のようになってしまった今、私たちの立場は撮影した外国人のようなものだろう。
そして登場。
将軍
本物です。写真です。
この人が日本の頂点に立って(色々な意味があるが)いたその人の顔かとただ衝撃。
まぁこの辺は個人差があると思うので受け取り方は様々でしょうが。
将軍の他にも大名まで登場します。
究極の贅沢品、というよりも貴重な機会は一般の人にはあまりないので将軍や大名が登場するのは当たり前なのですが、私は顔を見てあれこれ想像するのが好きなので随分と楽しめます。
そして有名人も登場。
福沢諭吉や勝海舟、坂本龍馬に木戸孝允、後藤象二郎、高杉晋作、新撰組の土方歳三、近藤勇などの歴史上の人物の顔を拝むことが出来ます。
そして初めて見たのですが落城した城の写真。
これは衝撃でした。
常識というか、今普通に生活していると綺麗なお城しか見ないのですが、落城した直後のお城の写真、戦争のすさまじさが伝わってきます。
ちなみにお城は会津若松城です。
そして風景。もちろんビルは無い。
本当に日本なのか?全く違う国のよう。これが日本のどこにいっても広がっていた光景だなんて嘘みたいな話です。
色々と想像力をかき立てられるこの本、こいつはおすすめです。
ただ、歴史にまるで興味が無く、チョンマゲふぇちでもない人にはあまり面白くないかも
幕末 写真の時代
小沢健志 編
ちくま学芸文庫
85/100点
想像力をかき立てる
美人論。別に私がどうこう言うのではなく、本である。
美人論
随分昔にタイトルが大胆なので購入し、読み終えた後しばらく人に貸していたのだが久しぶりに帰ってきた。
さて、タイトルは美人論、ピクッと反応してしまわないか?
しかし読んでみるとなんのことはない、ただの美人の定義の変遷と美人をとりまく環境、ひいては女の人の意識まで語ってしまおうという本で、まぁある意味美人”論”ではある。
まぁ期待していたようなこと(どんなことだ?)は書いていなかったのだが、まぁそこそこ面白い。
美人が国によって利用される、と書くとなんだか怪しい雰囲気が漂うが、国がコレラ撲滅の為に”衛生美人”を持ち出してくる、など昔から今に至る様々な美人が登場してくる。すべてがこの調子なので期待していたようなもの(?)ではない。
美しい人とはいったいどんなものかを追求するような本では決してない。
でもそれは各々の人が判断するものなのだろう。
不細工(凄い字だな)を好きな人もその人の価値観によって好きなのだから仕方ない(?)
”美人”という問題が問題だけに難しい。そのためか価値観などにはあまり字数を割かれていない。
読後感も、ふ~ん、といったものかな。
まぁまぁ面白い、かといって本気で読むものではないと思う
美人論
井上 章一
朝日文芸文庫
40/100点
豆知識のかたまりかも?
六甲山系のひとつ、東お多福山に登ってまいりました。

阪急芦屋川に10時半頃出発して二時間から二時間半に東お多福山に到着。
東お多福山は高い木が少なく、笹に覆われてました。
他のところは木が茂っているのになぜここだけ??
六甲山は昔ははげ山だった、というのは結構有名な話で、今ある木も植林によるものがほとんど。今では緑豊かな林になっているが、ここまで熱心な植林も珍しいようだ。
一般的に森林の回復というものは植生の遷移によって起こる。
まずは何もないところに低い草木、そして徐々に大きな草木が生え、様々な木が育ち、林の上部が光を遮断する状態にまで移行する。
これが遷移で、最終的には安定した状態、極相までいって見た目は変わらなくなる。
昔から人が入る山では適度に木が伐採され、下層の植物等も利用されるために林床(地面)にも光が入り、下草が生えるという状況になる。
最近問題になっているのは人がほったらかしているために林の上層に光の通る空間が無いために真っ暗な林になり、下層に植物が生えなくなって保水力の低下が起こったり、下草が笹(繁殖力が強い)ばっかりになったりする。
さて、六甲山系の東お多福山は笹ばっかり。
かといって木も生えていない。どうしてこのような状況になったのでしょうか?
誰か教えて。
登っている分にはいきなり眺望がひらけておもしろい