人工物と自然

私たちの身の回りには様々な人工物がある。

川に行くと岸は護岸され、海に行くと岸はコンクリートとテトラポットの固まりである。
山の斜面は同様にコンクリートで補強され、ただの平地もアスファルトだらけで土すらほとんど見えない。

普通に都会で暮らしているならば、そこの土地にあるはずの土を全く見ないで過ごすことも可能だ。

確かに、川は護岸されているおかげで氾濫はしにくいし、海岸も削れにくい。
山も崩れにくいし、アスファルトのおかげで車で走るときにデコボコもしていない。

しかしコンクリートに囲まれた川は植物が生えにくく、そこに生きるはずの生物をどこかに消した。
平面化された岸壁によって川の流れは速くなり、淀みに生きるもの達の住処を奪う。
砂防ダムなどで川を流れることを止められた砂は、海に流れ込むことが出来ず、海では砂浜が消え、有名な海水浴場では砂をどこかから持ってきて補充する。
地表をアスファルトで固められた地面は、様々な生物の住処を奪った。
それによって環境の変化に対する耐性は急激に無くなり、少し環境が変わるとある生物は消滅し、ある生物は大発生するだろう。

これらは一体何のためにやっているのだろう?
もちろん人間のためである。

しかし人は多い。
川の氾濫によって住処を奪われるはずだった人もいるし、車で走っても快適だ。
人間社会に生きる一員として自然破壊と言われる行為全てを否定することは出来ない。


ならばどうすればいいのだろうか。
人口が多すぎるというのは原因の一つだ。
しかしどうしようもないし、コンクリートに囲まれているストレスからか、日本では人口は減り始めている。

日本の政治システムから来る予算の付け方、賄賂による公共事業、様々なものが要因となって環境を破壊し続ける。
無駄を省き、その分を少しだけでも環境を考えた施策に使うことは出来ないのだろうか。

八百万の神がいるはずの日本。
それらに少しは配慮するべきではなかろうか。

Track Back

Track Back URL

コメントする

※ コメントは認証されるまで公開されません。ご了承くださいませ。

公開されません

(いくつかのHTMLタグ(a, strong, ul, ol, liなど)が使えます)

このページの上部へ